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乾いた風 Desert near Cairo

私はひとりでいることは好きだが、『孤独』という言葉の響きが苦手だ。
その響きからは、とてつもなく淋しい心の叫びや、もがき苦しむ小さな魂の泣き声が聞こえてくる。つまり、どこか哀しくネガテイブな言葉に思えるから。

私が、その孤独という感覚を心の中に見つけるのは、独りでいるときではない。

例えば、どちらに否があるわけでもなく(または両者に否があり)、単にうまく噛み合わない相手といつの間にかお互いを攻撃しあっているのに気づくとき。
例えば、両頬に嘘という名の冷たい挨拶の口付けをするとき、またはされたとき。
例えば、着飾った多くの人々の中で、プラスチックな作り笑いを交し合いながら、音楽の鼓動を腹の底に感じるとき。

私にとっての孤独の影は独りでいるときにはけして訪れずに、必ず誰かと一緒のときに訪れる。
そんな時には、魂は暴れだし、破裂はせずに静かに止まる。
すべての感情は消え、まったく何も感じなくなり、残酷な空虚が心の中につくられ、もうひとりの私が現われる。
(って、超人ハルクか、ジキル博士か、俺は?笑)

砂漠で独りになった時に、その大きな存在は私の周りを包むように現われる。
宇宙と呼ぶのもいいだろう。音の無い乾いた風と呼ぶのもいいだろう。
そこでは、地球上の自分という存在が確実なものとなり、自由な愛に包まれ、心は満たされ平和が訪れる。
生きてきた年数がすべて消え、やってきた全ての経験が消え、生まれたその時に戻るような錯覚に陥る。

そして、世界や〇〇はそれほどに醜いものではないと知らされる。
聞こえてはこないが、音の無い乾いた風と共に脳裏に言葉が刻まれていく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そう、そこでは必ず生命と出会う上、正確には砂漠の案内人やらラクダやらロバやらいるのでひとりではない(ETか?爆)。
案内人もしくはラクダも連れずにたったひとりで砂漠に入ったりしたら、干からびて死んでしまうだけだから、劇的に愚かすぎて、誰かのジョークにさえもならないだろうから、・・・やめておく(笑)。

画像は舗装された道路から10分程度の場所です。よって、ひとりになったような錯覚を無理をせずに味わえるありがたい場所(SMILE)。

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